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系統識別號 U0002-2606200618095400
中文論文名稱 日治時代台灣的神社政策-以其在國民統合中扮演之角色為中心-
英文論文名稱 Shinto Shrine Policy in Taiwan in Japanese Colonial Period-The Role in Uniting People-
第三語言論文名稱 日治時代における台湾の神社政策―その国民統合の役割を中心として―
校院名稱 淡江大學
系所名稱(中) 日本研究所碩士班
系所名稱(英) Graduate Institute of Japanese Studies
學年度 94
學期 2
出版年 95
研究生中文姓名 賴麗蓮
研究生英文姓名 Li-Lien Lai
學號 692050262
學位類別 碩士
語文別 日文
口試日期 2006-06-20
論文頁數 100頁
口試委員 指導教授-劉長輝
委員-陳伯陶
委員-何瑞藤
委員-劉長輝
中文關鍵字 日據時代  神社政策  殖民地  國民統合  宗教 
英文關鍵字 Japanese colonial period  Shinto shrine policy  colony  the unity of the people  religion 
第三語言關鍵字 日本統治時代  神社政策  植民地  国民統合  宗教 
學科別分類 學科別社會科學區域研究
中文摘要 本論文的主要研究課題為日治時代台灣的神社政策與國民統合之關連,並進而探討其在國民統合上扮演之角色。
明治政府在各殖民地建立神社,並強制要求殖民地人民進行參拜。此強制神社參拜,是為了使殖民地人民認同以天皇為中心的「共同意識」而進行的滲透行動。因此,達成政治動員可說是其最大的目的所在。
但在日本據台初期,即使台灣神社創建後亦沒有為了宣傳神道思想而強制人民參拜。其原因是,在據台初期尚未受到認同的階段,若強行要求殖民地人民放棄固有的信仰與宗教恐怕將引起反對聲浪。而在中日戰爭爆發後,一直以來的懷柔政策一轉而為激烈的皇民化運動。不但固有宗教遭到壓制,民眾的生活也被迫必須轉變。然而被迫改變信仰與生活的台灣人民對此亦產生極大反感。
日治時期,即使台灣總督府在神社的建立、參拜與勞動作業上投注莫大心力,亦無法使台灣人民對神社產生敬意的原因,除了其對於固有宗教的深切信仰以外,對「神」概念的迥異亦是一大因素。國家神道是以國家權力及統治階層的力量為背景而發展的,其本身就是國民統合的象徵而帶有日本共同體的性格。但,如此強制性的信仰理所當然不被人民所接受。正廳改善運動時,將台灣人祖先牌位強制改成日本樣式、或是將其燒毀,以及毀棄固有宗教的神佛像等的真實型態即是最好的說明。
而不但這樣包含政治目的的宗教不被台灣人民所認同,象徵殖民統治的神社同樣也無法得到台灣人民的尊重。於是,日本政府欲以象徵神道的神社來達到促進國民統合的的企圖,最終當然也無法實現。
英文摘要 The research task of this thesis is the connection between the Shinto shrine policy and the unity of the people in Taiwan in Japanese colonial period, and further proceeds to research the role of Shinto shrine policy in uniting people.
The Meiji government not only established the Shinto shrines in every colony, but also forced the colonials to worship and have faith in it. This is an infiltration that is for urging the colonials to agree with Tenno system. In other words, the ultimate goal of carrying out Shinto shrine policy is to accomplish Japanese’ political purpose, namely governance.
In the beginning of Japanese colonial period, the government-general didn’t force the colonials to worship the Taiwan Shrine after establishing it. That is because it would arouse public indignation if government-general forced the colonials to give up their original religion before being accepted by the colonials. However, in order to continuously proceed with the Kominka movement, the government became more radical to carry out the Shinto shrine policy after the Sino‐Japanese war. Thereafter, the conventional religions were controlled, and the colonials were forced to change their life styles as well. As a result, the colonials were outraged by the government’s actions.
Two reasons that no matter how much the government-general in Taiwan endeavored to establish the shrines, or force the colonials to worship and serve the shrines, the Shinto shrines still couldn’t be respected at that time are the colonials had their deep faith in the conventional religions and the different concepts of god between the colonials and the government. The national Shinto is originally the symbol of the unity of the people, because it developed under the state power. That’s also the reason why it can’t be accepted by colonies. The Seichyo-Kaizen movement is a good illustration of it.
In short, that is why such a religion which is full with political purpose could not be accepted, and the intention that government wants to achieve by shrines would fail eventually.
第三語言摘要 本論文の研究課題は日治時代における台湾の神社政策と国民統合の関わりから、その国民統合上の役割をも探究する。
明治政府は各植民地において神社を造営して、植民地の人民に神社参拝を強要させた。この神社参拝の強要は天皇の存在を媒介とした「共同感」への帰属意識の浸透であった。いわば、政治動員の達成がその最大の目的であるといえる。
しかし、領台初期において、官幣大社台湾神社が創立された後になっても、神道思想を宣伝する手段としての神社参拝を強要しなかった。その原因は、まだ植民地の住民に認められていない領台初期の段階においては、台湾土着の宗教を放棄させることを強要するならば、かえって反発を招きかねないと考えられたのである。
そして、日中戦争勃発後、これまでの善導政策は急進的な「皇民化運動」に一変した。在来宗教は制圧され、民衆の生活習慣も転換しなければならなくなった。それはかえって、固有信仰を放棄させられた台湾人民の反感を招いたのです。
総督府がいくら神社建立、またそれへの参拝・奉仕などに力を入れても、一般台湾人の真に神社を崇敬する心を作れなかった原因は台湾人の在来宗教(寺廟など)に対する信仰の深さ以外、また神概念の異同などの原因が考えられる。神道は、国家権力や行政官庁の力を背景に、台湾民衆に押し付けられておりながら、国民統合の象徴として日本共同体の性格を帯びていた。しかし、そもそもこのような「強制的信仰」は、当然民衆の反発を招くのである。正庁改善運動時の台湾人祖先位牌の書き換え・焼却、神仏像の撤廃、大麻の奉斎強制などの実態がよく、それを説明することができる。このような政治上の目的を込めた宗教は、被支配者である台湾人には受け入れられず、日本統治の象徴としての神社も当然、台湾人の尊重を獲得することはできなかった。要するに、日本政府は神道の象徴である神社を通じ、国民統合を促進しようとする狙いもついに達成しえなかったのであろう。
論文目次 目次
本論文の概要 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Ⅰ

目次 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Ⅳ
附表及び附図目次 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・Ⅴ

序論 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1

第一章 明治以来の神社政策 ・・・・・・・・・・・・ 6
序 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 6
第一節 神道国教化の過程 ・・・・・・・・・・・・・ 6
第二節 神社行政の転換・・・・・・・・・・・・・・・10
第三節 神道思想の海外進出 ・・・・・・・・・・・・16
結語  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・21

第二章 日中戦争勃発前の宗教政策 ・・・・・・・・・26
序 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・26
第一節 台湾最初の神社―開山神社 ・・・・・・・・・・26
第二節 台湾の宗教に対する態度 ・・・・・・・・・・28
第三節 寺社課の成立と台湾の神社制度 ・・・・・・・35
結語 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・44

第三章 日中戦争勃発後の皇民化運動と神社政策 ・・・48
序 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・48
第一節 皇民化運動の展 ・・・・・・・・・・・・・・48
第二節 神宮大麻奉斎と正庁改善運動 ・・・・・・・・55
第三節 寺廟整理運動 ・・・・・・・・・・・・・・・63
第四節 台湾神社の改称及び台湾護国神社の造営 ・・・68
第五節 戦争末期における神社の昇格 ・・・・・・・・72
結語 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・74

第四章 神社政策と国民統合 ・・・・・・・・・・・・80
序 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・80
第一節 国民統合における神社政策の役割と影響 ・・・80
第二節 神社政策と民衆の日常生活 ・・・・・・・・・86
結語 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・90

結論 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・94

参考文献 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・98


附表及び附図目次
附表
表一 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・14
表二 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・61
表三 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・84
表四 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・88

附図 
宗教調査書式 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・34
社寺宗教主管官庁変遷図 ・・・・・・・・・・・・・・36
皇民奉公会組織図 ・・・・・・・・・・・・・・・・・53
正庁配置標準図 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・58
大麻奉仕標準図 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・59
參考文獻 一、日治時代の国家編纂資料(翻刻):(刊行年代順、以下同)
丸井圭治郎『旧慣ニ依ル台湾宗教概要』、台湾総督府、大正四年 (1913)。
台湾総督府刊行『台湾宗教調査報告書第一巻』、大正八年(1917)。
鷲巣敦哉『台湾保甲皇民化読本』、台湾警察協会、1941年。
皇民奉公会宣伝部刊行『皇民奉公運動早わかり』、昭和十六年(1945)、九∼十頁。
台湾総督府文教局『現行台湾社寺法令類纂』、帝国行政学会台湾出張所、昭和十八年(1947)、二刷。
台湾総督府文教局社会課刊行『台湾における神社及び宗教』、昭和十八年(1947)。
台湾総督府刊行『台湾総督府事務成績提要』、昭和十一、十二、十三年度(1895、1896、1897)。
皇民奉公会中央本部刊行「第三年目に於ける皇民奉公運動の実績」、『皇民奉公会中央本部刊所収』、昭和十九年(1948)。
台湾総督府印刷局刊行『法令全書』、昭和十九年(1948)第六号。

二、神社誌
山田孝使『県社開山神社沿革誌』、県社開山神社社務所、大正四年(1917)。
台湾神社社務所『台湾神社誌』、昭和十年(1935)、九刷。
建功神社社務所『建功神社誌』、昭和十五年(1944)。
国幣小社台中神社列格奉賛会『台中神社誌』、昭和十八年(1895)。

三、単行本
持地六三郎『台湾植民政策』、冨山房、大正一年(1912)。
山田孝使『県社開山神社沿革誌』、県社開山神社社務所、大正四年(1913)。
久住栄一・松井実など『台湾公民読本』、新高堂書店、大正十二年(1921)、再版。
小笠原省三『海外の神社』、神道評論社、1933年。
大日本神祇会台湾本部刊行『敬慎』(台湾神職会機関誌)、1938・1942年。
白井朝吉・江間常吉『皇民化運動』、東台湾新報社台北支局、昭和十四年(1943)。
緒方武歳『要塞台湾の全貌』、台湾出版文化有限公司、1944年。
伊藤金次郎『台湾欺ざかるの記』、明倫閣、1948年。
岡田米夫『神宮・神社創建史』、神道文化会編『明治百年史』第二巻所収、1966年。
梅田義彦『改訂増補日本宗教制度(近代編)』、東宣出版社、1971年。
長谷川清伝刊行会『長谷川清伝』、長谷川清伝刊行会、1972年。
藤谷俊雄『神道信仰と民衆天皇制』、法律文化社、1980年。
喜安幸夫『日本統治台灣秘史―霧社事件に至る抗日の全貌』、鴻儒堂出版社、昭和五十六(1981)。
村上重良『国家神道と民衆宗教』、吉川弘文館、昭和五十七年(1982)。
岡田米夫『神社』、近藤出版社、昭和六十年(1985)八刷。
村上重良『国家神道』、岩波書店、1985年、十五刷。
小松和生『近代天皇制国家の成立』、株式会社世界書院、1986年。
宮本延人『日本統治時代における寺廟整理問題』、天理教道友社、1988年。
陳玲蓉『日據時期台灣宗教政策研究―以神道為中心』、自立晩報出版社、1990年。
伊藤潔『台湾―四百年の歴史と展望』、中央公論社、1993年。
蔡錦堂『日本帝国主義下、台湾の宗教政策』、同成社、1994年。
薗田稔『神道―日本の民族宗教』、弘文堂、平成十二年(2000)、十七刷。
星野斉・本田不二雄等『神道の本』、学習研究社、2000年、二十四刷。
末光欣也『台湾の歴史 日本統治時代の台湾:台湾1895-1945/46年の軌跡』、致良出版社、2002年。
菅浩二『日本統治下の海外神社』、弘文堂、2004年。
小笠原省三『海外神社史』、ゆまに書房、平成十六年(2004)。
水野直樹など『生活の中の植民地主義』、人文書院、2004年。
台湾神職会『神宮大麻のすすめ』、出版年次不明。

四、その他、論文:
李嘉嵩「日本治台―宗教政策考(一)」、『瀛光』月刊一二八期所収、中華民国五十二年(1963)十月二十二日。
横森久美「台湾における神社―皇民化政策との関連において」、『台湾近現代史研究(三)』所収、緑蔭書房、1982年。
青井哲人「神社造営より見た日本植民地の環境変容に関する研究―台湾・朝鮮を事例として―」、2000年。
中島三千男「海外神社研究序説」、『歴史評論』第六〇二号所収、2000年。
高木博志「官幣大社札幌神社と『領土開拓』の神学」、『祭祀と国家の歴史学』所収、塙書房、2001年。
本康宏史「台湾神社の創建と統治政策」、台湾史研究部会編『台湾の近代と歴史』所収、中京大学社会科学研究所、2001年。
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