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系統識別號 U0002-2306200512470400
中文論文名稱 日治時期台灣的技藝教育 ―以台北第三高等女學校為中心
英文論文名稱 Art Education in Taiwan at Japanese Colonial Period- Focusing on Taipei Daisan Koutou Jogakkou
第三語言論文名稱 植民地台湾における技芸教育 ―台北第三高等女学校を中心に
校院名稱 淡江大學
系所名稱(中) 日本研究所碩士班
系所名稱(英) Graduate Institute of Japanese Studies
學年度 93
學期 2
出版年 94
研究生中文姓名 瀧澤佳奈枝
研究生英文姓名 Kanae Takizawa
學號 690050223
學位類別 碩士
語文別 日文
口試日期 2005-06-17
論文頁數 156頁
口試委員 指導教授-富田哲
委員-蔡錦堂
委員-許佩賢
中文關鍵字 台灣人女子教育  第三高女  技藝教育  台灣式  日本式 
英文關鍵字 women's education in Taiwan  Daisan Koutou Jogakkou  art education  a Taiwanese style  a Japanese style 
第三語言關鍵字 台湾人女子教育  第三高女  技芸教育  台湾式  日本式 
學科別分類 學科別社會科學區域研究
中文摘要 台灣女子教育開始於1897年,在士林設立國語學校第一附屬學校女子分教場(以下女子分教場)。日治初期依舊沿襲清朝舊制,不僅仍保有纏足的舊習,一般民衆也認為「女子不需要教育」、「女子不出戶」、「男女七歲(開始)不同座」;而在台各地不斷發生的抗日運動,更導致學校很難招收到女學生。因此教育工作者的首要課題即在讓台灣社會跟台灣家庭理解女子教育的重要性。「手藝」扮演著結台灣人家庭跟學校的角色。另外,透過教育品展覽會展示學生的技藝作品,能將女學生在學校習得的技藝訴諸於視覺效果。因此,教育品展覽會(技藝品展覽會)也在招集女學生上扮演著舉足輕重的角色。
日治時期的技藝教育的內容如下:至1910年代為止,大多採用從清朝開始即與台灣人女性生活非常密切、受到重視的新娘必修手藝。1920 年代引進西式裁縫。到了1930年代後半則以西式裁縫為主流。1937年爆發中日戰爭,隨著皇民化政策的推行,從精神面即推行穿用日式和服,另一方面也因為台灣人生活的不同及戰時體制之故,從「物資節約」「物資更生」的概念來倡導改良西服或既存的服裝。
由女子分教場的變遷可以得知,有眾多台灣人學生就讀的第三高女,一直是台灣人心目中的女性的模範。因此,在報紙或雜誌上刊載台灣人女性就讀的第三高女的種種活動,則可以達到宣傳的效果。
本論文在於透過日治時期在台技藝教育的教育內容及實況,闡明日治時期台灣總督府各階段的教育教育政策以及台灣社會所期望的女子教育和技藝教育的目的。
英文摘要 Education for girls in Taiwan was officially started after the Kokugo Daiichi Gakkou Fuzoku Joshi Bunkyojo (the First Japanese Language School Girls’ Brunch) was established by the Government-general of Taiwan at Shi-Ling in 1897. At that time, it was difficult to recruit students to the newly opened girls’ school. In order to appeal the importance and excellence of education in the school, art works made by the students were displayed at exhibitions. Therefore, it is safe to say that, in the first stage of girls’ education in Taiwan, the art education in school served as a bridge between Taiwan’s traditional families and modern education in Taiwan.
In the girls’ school in Taiwan, a traditional art education handed down form Chinese Shin era was a center of school curriculum before 1910s. However, after the late of 1930s, a Western dressmaking also started to be included in the school curriculum. After Japan-China War in 1937, since imperial curriculum was imposed, students had to spend more time on making Western clothes as well as traditional Japanese kimono. During the Japanese colonial period, students in Daisan Koutou Jogakkou (The Third Girls’ High-School in Taiwan) were role models for most of the Taiwanese girls.
In this study, both what the real purposes of education in modern girls’ schools established by the Government-general of Taiwan during Japanese colonial era were, and how those purposes were realized through the school curriculum in Daisan Koutou Jogakkou, are discussed focusing on the school curriculum and educational contents of Dsaisan Koutou Jogakkou at that period, especially the art education in the school.

第三語言摘要 台湾総督府により、1897年に台湾北部の士林に国語学校第一附属学校女子分教場が設立され、台湾人女子教育が開始された。女子教育開始当初は、纏足を行うことや女子に教育は不要である、女子の外出や男女同席を厭うといった清朝期から続く習慣が息づいていた。更に、日本の植民地統治に反対する抗日運動が台湾全土で繰り広げられていたこともあり、台湾人女子生徒の確保は容易なことでなかった。そこで、女子生徒の就学及び台湾人家庭や台湾人社会に理解を促すために、展覧会を利用し製作品を展示することで、学校で得られる技術を視覚的に訴えることを可能にした。そして、手芸は、台湾人家庭と学校を結ぶパイプライン的な働きを果たしていた。
 植民地台湾で行われた技芸教育の内容は、1910年代までは清朝期から台湾人女性が花嫁修業として重要視していた手芸を多く取り入れ台湾人女性の生活に密着したものが多かった。1920年代になると洋裁が取り入れられ、1930年代後半になると洋裁が主流を占めるようになった。1937年の日中戦争後は、皇民化政策が推し進められたことにより、精神面から和服の着用が叫ばれる一方で、台湾人の生活や戦時下とうい状況から物資節約、物資更生などといった面から洋服や既存の服装の改良が唱えられた。  
女子分教場の流れを汲み、台湾人生徒が多く在学していた第三高女は、古くから台湾人女性の模範となるべき存在であった。そのため、同じ台湾人女性が通う第三高女の活動が新聞や雑誌に掲載されることは、一種の宣伝効果を持っていた。
 本論文では、植民地台湾で展開された技芸教育の内容及び実態を把握することで、各時期の台湾総督府による教育政策並びに台湾社会が求めた女子教育及び技芸教育の目的を解明する。
論文目次 第一章 序論..........................................1
 第一節 問題の所在と研究目的........................1
 第二節 台湾人女子教育における技芸教育の定義........5
一、法規上からの検討..................................5
二、教育現場からの検討................................6
 第三節 研究方法と論文の構成........................8
一、研究方法及び研究範囲..............................8
二、研究制限.........................................10
三、本論文の構成.....................................11

第二章 植民地期台湾における女子教育をめぐる状況.....13
第一節 初等教育における女子教育.....................13
一、女子初等教育建設期...............................14
二、女子初等教育の発展と多様化.......................28
第二節 中等教育における女子教育.....................33
一、中等教育設立以前の女子教育.......................34
二、女子高等普通学校時代.............................36
三、高等女学校時代 ...................................39

第三章 1920年代までの技芸教育(国語学校附属学校時代、台北女子高等普通学校時代).................................45
第一節 解纏足と技芸の関わり.........................45
一、解纏足運動がもたらした影響.......................45
二、困難を極めた刺繍教授.............................52
第二節 手段としての技芸品製作.......................54
一、教育品展覧会と技芸品展覧会.......................54
二、第五回内国勧業博覧会.............................58
第三節 公学校における技芸教育の「内地化」...........63
第四節 公学校女子教員としての素養...................69

第四章 1930年代から1940年代における技芸教育(第三高等女学校時代)...............................................78
第一節 公学校における技芸教育.......................78
第二節 台湾人社会と第三高等女学校における技芸教育の実態 ............................................84
一、皇民化政策と服装問題.............................84
二、第三高女における技芸教育の実態―インタビュー調査より― ............................................87

第五章 結論.........................................93
第一節 植民地台湾における技芸教育...................93
第二節 今後の課題 ...................................99

附録
図..................................................101
表..................................................102
史料................................................130
写真................................................140

参考文献............................................148 
參考文獻 参考文献

日本語の部(あいうえお順)

一、書籍

新井淑子(1998)『植民地台湾における高等女学校の女教師の実態と意識』科研費研究成果報告書
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台湾教育会編著(1944)『伊澤修二先生と台湾教育』
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台湾総督府警務局編(1938)『台湾総督府警察沿革誌(二)』(復刻 台北:南天書局、1995)
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台湾総督府国語学校附属女学校(1919)『女子高等国語読本』巻二
台湾総督府国語学校附属女学校(1919)『女子高等国語読本』巻三
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台湾総督府文教局(1931)『台湾の教育』
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竹中信子(2001)『植民地台湾の日本女性生活史 昭和篇(下)』田畑書店
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二、論文・評論

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菊川孝行(1918)「女教師論」『台湾教育』第194号、37-39頁
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三、インターネット

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中国語の部(筆画順)

一、書籍

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李莎莉(2000)『台湾民間文化芸術 北投文物館的内在采風』台北:福禄文教基金会・南天書局 合作出版
呉密察(2002)『台湾史小事典』三版三刷 台北:遠流出版
呉文星・周婉窈・許佩賢・蔡錦堂・中田敏夫・富田哲編著(2003)『日治時期臺灣公學校與國民學校國語讀本 解説・總目録・索引』台北:南天書局
林茂生(2000)『植民地統治下台湾的学校教育』台北:新自然主義
卓意雯(1993)『清代台湾婦女的生活』台北:自立出版 
派翠西亜・鶴見(E.Patricia Tsurumi)著 林正芳譯(1999)『日治期台湾教育』台北:仰山文教基金会
紀念專輯委員会(1987)『回顧九十年 台北第三高等女学校創校九十年紀念誌』台北第三高女同学聯誼会
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紀念專輯委員会(1997)『懐念 台北第三高等女学校創校百年紀念誌』三高女校友聯宜会 
荘永明(2001)『台湾世紀回味』生活長巷SCANNING TAIWAN vol.2 台北:遠流出版
第三高女第九期生「呉竹」編輯部(1992)『呉竹』
陳恵雯(1999)『大稲埕査某人地図―婦女的活動空間近百年来的変遷』台北:博揚文化
張蒼松(1997)『生活台湾49 典蔵艋舺歳月』台北:時報文化
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二、論文・評論

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新聞・雑誌・統計

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『台湾協会会報』1902年1月-6月
『台湾婦人界』1934年5月-1939年6月
『台湾総督府府報』1896年9月-1937年1月
『台湾総督府官報』1943年3月
『台北州報』1922年1月-5月、1926年4月、1927年5月、1935年3月
『台南州報』1922年7月
『台湾総督府学事年報』1918年-1920年、1925年、1927年-1940年
『台中州立彰化高等女学校一覧表』(1939)
『台中州立彰化高等女学校一覧表』(1940)
『台湾公立台北女子高等普通学校一覧』(1919)
『昭和二年度台北州立台北第三高等女学校一覧』(1927)
『昭和三年度台湾州立台北第三高等女学校一覧』(1928)
『昭和五年度台北州立台北第三高等女学校一覧』(1930)
『昭和六年度台北州立台北第三高等女学校一覧』(1931)
『昭和七年度台北州立台北第三高等女学校一覧』(1932)
『昭和八年度台北州立台北第三高等女学校一覧』(1933)
『昭和九年度台北州立台北第三高等女学校一覧』(1934)
『昭和十年度台北州立台北第三高等女学校一覧』(1935)
『昭和十一年度台北州立台北第三高等女学校一覧』(1936)
『昭和十四年度台北州立台北第三高等女学校一覧』(1939)
『昭和十五年度台北州立台北第三高等女学校一覧』(1940)


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