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系統識別號 U0002-2001200820481000
中文論文名稱 勝海舟與幕府海軍─以培里艦隊到達日本之後為中心─
英文論文名稱 Kaishū-Katsu and Navy of the Tokugawa Shogunate
第三語言論文名稱 勝海舟と幕府海軍-ペリー来航以降を中心として-
校院名稱 淡江大學
系所名稱(中) 日本研究所碩士班
系所名稱(英) Graduate Institute of Japanese Studies
學年度 96
學期 1
出版年 97
研究生中文姓名 蔡尚鎬
研究生英文姓名 Shang-Hao Tsai
學號 693050204
學位類別 碩士
語文別 日文
口試日期 2008-01-17
論文頁數 186頁
口試委員 指導教授-齋藤司良
委員-陳伯陶
委員-劉長輝
委員-齋藤司良
中文關鍵字 勝海舟  幕府海軍  長崎海軍傳習所  神戶海軍操練所  一大共有之海局 
英文關鍵字 Kaishū-Katsu  Navy of the Tokugawa Shogunate  Nagasaki Naval Training School  Koube Naval Training School  a Joint Navy 
第三語言關鍵字 勝海舟  幕府海軍  長崎海軍伝習所  神戸海軍操練所  一大共有の海局 
學科別分類 學科別社會科學區域研究
中文摘要 嘉永6(1853)年6月,培里率領4艘軍艦到達浦賀之後,日本的幕藩體制便急速地走向崩解。勝海舟這個名字能夠在歷史上出現便是肇因於身分秩序的瓦解。在嚴格的封建制度之下,勝海舟原本是身分極低的御家人,但從培里叩關之後到明治維新為止的短短15年間他歷任了軍艦奉行並、軍艦奉行、海軍奉行並等職位,最後晉升至陸軍總裁一職來看,可以證明身分秩序已然瓦解。當然,在這種動亂的時代之中,若沒有實力的話是無法擔任重要的職務的。而勝海舟所學習到的知識正好符合時代的需求,也就是所謂的「蘭學」;並且是幕府最急需的「洋式兵學」。而後在嘉永6年的7月,幕府的首席老中阿部正弘就培里所帶來的國書向各藩尋求意見,因此大量的意見書猶如雪片般地紛紛湧至;在這之中勝海舟也提出了自己的意見書。若與其他同時期的意見書相比,勝海舟的意見書條理分明地具體陳述了改革方案。由於勝海舟的想法與幕府高層的一致,因此他被延攬成為幕府閣僚,由此開展其波瀾壯闊的一生。
另一方面,由於培里艦隊叩關的影響,幕府開始著手進行國內的軍事改革。但是,從島原之亂以來一直嚴守海禁政策的幕府,其軍備之中的海上武力可說是付之闕如。因此幕府透過在歐洲國家之中唯一與其有著貿易關係的荷蘭商館,導入西洋式的航海術與海軍術;而最初期的教育機關便是長崎海軍傳習所。勝海舟自身也進入此傳習所學習,他與幕府海軍之間的關聯正是由此開始的。
本論文所採用的路線是整理幕府末期的時代環境與政治體制之下勝海舟的海軍論以及其建設論和運用論,透過勝海舟所遺留下來的著作來剖析所謂的「海軍」對於內部幕府的封建制度,以及外部周遭鄰國有著什麼樣的連結與影響,期望藉此來重新檢討幕末海軍的性質。
英文摘要 In June 1853, after Matthew Calbraith Perry had led four warships to arrive the Uraga, Japan's feudalism then rapidly moved towards the disintegration. Kaishū-Katsu, this name could be appear in the history because of the Rank System disintegration. Under the strict feudalism, the Katsu originally was extremely low rank of the Gokeninn. But after Perry had knocked at the gate of closed Japan to the Meiji Revolution up to during short 15 years, Katsu successively held Secondary Rear Admiral, Rear Admiral, Secondary Vice Admiral, and so on. Finally Katsu promoted to Field Marshal that was allowed to prove Rank System had already disintegrated. Certainly, during this kind of turmoil period, someone was unable to hold the post of the important duty if he did not have the ability. But Katsu had studied the knowledge that was conformed to the time demand. Also it was so-called "Dutch Studies". And it was "European Military Science" that the Shogunate most urgently needed. In July 1853, the chief Rouchuu Masahiro-Abe asked the opinion for vassal with credentials that Perry had brought. Therefore the massive prospectuses were just like the snowflake to well up in abundance to Shogunate. Katsu also proposed his own prospectus in these. If comparing with other same time prospectuses, Katsu’s prospectus orderly, clearly, specifically stated the reform plan. As a result of Katsu’s idea with the Shogunate high level consistency, therefore he was solicited into the Shogunate cabinet, from this developed his mammoth life.
On the other hand, because the influence which the Perry’s fleet had knocked at the gate, the Shogunate started to take steps the domestic military reform. But, Shogunate had strictly held feudalism since Rebellion of Simabara, in its armament marine military force may say it to be lacking. Therefore Shogunate penetrated in the European country only had had the trade relations the Dutch business hall, introducing the European navigation technique and the navy technique; but the most initial education institution was Nagasaki Naval Training School. Katsu himself also entered this school to study. He was precisely from this started with the Navy of the Tokugawa Shogunate between connection.
The present paper uses the route that reorganizes the Shogunate’s last phase the time environment and under the political system the Katsu’s navy, construction, and the utilization theory. Penetrate the work which Katsu has left behind down to analyze "the navy" so-called regarding the internal Shogunate’s feudalism, as well as exterior surroundings the neighboring country to have any type linking with the influence. Expect to take advantage of this and reexamine the last phase of Shogunate’s navy the nature.
第三語言摘要 嘉永6(1853)年6月、ペリーが4隻の黒船を率いて浦賀に来航した後、日本の幕藩体制は急速に崩壊に向っていった。勝海舟という名前が歴史の上に現れたのも身分秩序の崩壊によってもたらされたものであった。厳しい封建制度の下で、元々身分の低い御家人の海舟がペリー来航後から明治維新までの短い15年間に、軍艦奉行並・軍艦奉行・海軍奉行並等の要職を経て、更に陸軍大臣と同じレベルの陸軍総裁にまで昇ったことは身分秩序が崩壊して行った一つの証しであった。当然、このような動乱の時代には実力がなければ要職に附くことは有り得ない。海舟は丁度其の時代が求めた実用の学問を勉強していた。即ち「蘭学」である。しかも幕府にとって急用であった「洋式兵学」であった。そして嘉永6年の7月に、幕府の筆頭老中阿部正弘はペリーが齎したアメリカの国書に就いての意見を各藩に求めると、各方面から多くの建白書が差し出された。海舟も建白書を提出した。同時期に提出された建白書と比べれば、海舟の建白書にははっきりとした改革方案が述べられ、条理も分明していた。この海舟の考え方は幕府の上層部と合致していたため、幕閣に認められて登用され、以後の波瀾万丈の生涯が始まった。
一方、幕府はペリー来航の影響によって国内の軍事改革を着手していった。しかし、島原の乱以来海禁令を厳しく守っていた幕府は、その軍備の中には海上の武力は全く持っていなかった状況と言えよう。依って幕府はヨーロッパ国家の中で唯一幕府と連絡を保っていたオランダ商館を通し、洋式の航海術と海軍術を導入した。その最初の教育機関は長崎海軍伝習所であった。勝海舟もこの伝習所に入学し、幕府海軍との関連はここから始まって行った。
本論文は幕末の時代環境と政治体制下で、勝海舟の海軍論及びその建設と運用論を整理し、海舟が残した著作を通して「海軍」というものが内の幕府の封建制度に対し、又外の近隣諸国に対してどのような連結と影響があったのか、というルートを採って幕末海軍の性質を再検討することを意図している。
論文目次 第一章 序論…………………………………………………………1
 第一節 研究動機と目的…………………………………………1
 第二節 先行研究…………………………………………………2
 第三節 研究範囲・方法と制限…………………………………3
 第四節 研究構成…………………………………………………5
第二章 成長時代(文政六年~万延元年)………………………7
 第一節 出身と学習………………………………………………7
 第二節 封建社会の崩壊と海舟の登場…………………………14
 第三節 長崎海軍伝習所時代……………………………………21
 第四節 咸臨丸渡米………………………………………………27
第三章 理想実行の時代(万延元年~元治元年)………………33
 第一節 帰国と出世………………………………………………33
 第二節 第一回将軍上洛…………………………………………40
 第三節 神戸海軍操練所の成立…………………………………48
 第四節 第二回将軍上洛と海舟罷免……………………………54
第四章 幕府の終幕(元治元年~明治元年)……………………66
 第一節 第三回将軍上洛と海舟復職……………………………66
 第二節 将軍継位…………………………………………………73
 第三節 大政奉還…………………………………………………80
 第四節 江戸開城…………………………………………………88
第五章 勝海舟と幕府海軍…………………………………………95
 第一節 洋式海軍の創設(嘉永・安政年間の軍事改革)……96
 第二節 海軍拡張期(文久年間の軍事改革)…………………104
 第三節 国内不穏と幕府海軍(慶応年間の軍事改革)………111
 第四節 海舟の海軍建設と運用概念……………………………115
第六章 結論 勝海舟を通して見た幕末海軍の実相……………123
 付録一 勝海舟略年譜(江戸開城まで)………………………128
 付録二 幕府軍艦譜………………………………………………149
 付録三 幕府洋製諸船譜…………………………………………151
 付録四 幕府邦製諸船譜…………………………………………157
 付録五 諸侯船譜…………………………………………………158
参考文献………………………………………………………………177
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辞書

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渡辺義之編(2005)『太平洋戦史シリーズVol.48 日本軍艦発達史』第1版、東京:学習研究社

日本国立国会図書館デジタル本

静古学人編(1899)『勝海舟翁』第一版、東京:魚住書店
民友社編(1899)『勝海舟』第一版、東京:民友社
山路愛山(1911)『勝海舟』第一版、東京:東亜堂書房
渡辺修二郎(1910)『阿部正弘事蹟 上、下巻』第一版、東京:渡辺修二郎
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