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系統識別號 U0002-0507201115253700
中文論文名稱 戰後八重山的鳳梨產業與臺灣「女工」
英文論文名稱 Pineapple Industry and Taiwanese Pineapple Factory Female Workers in Yeayama Archipelago after WWⅡ
第三語言論文名稱 戦後八重山のパイン産業と台湾人「女工」
校院名稱 淡江大學
系所名稱(中) 亞洲研究所碩士班
系所名稱(英) Graduate Institute of Asian Studies
學年度 99
學期 2
出版年 100
研究生中文姓名 國永美智子
研究生英文姓名 Michiko Kuninaga
學號 696300267
學位類別 碩士
語文別 日文
口試日期 2011-06-07
論文頁數 126頁
口試委員 指導教授-富田哲
委員-朱惠足
委員-何義麟
中文關鍵字 台灣  八重山郡島  鳳梨産業  勞動力移動  女性  生活史 
英文關鍵字 Taiwan  Yaeyama archipelago  Pineapple industry  Labor migration  Female  Life history 
第三語言關鍵字 台湾  八重山  パイン産業  労働力移動  女性  ライフ・ヒストリー 
學科別分類
中文摘要 沖縄是在第二次大戰時,唯一被美軍登陸的日本領土,自1945 年至1972 年間,受美國管制。日本雖擁有沖縄的主權,但行政權屬於美國。第二次大戰後,日本放棄台灣的統治權,中華民國政府因內戰情勢變為不利,於是將中央政府遷至台灣。到今,台灣便成為民國政府
的主要國土。
當時臺灣對日本作為重要鳳梨供給基地,日本由於敗戰,失掉鳳梨供給線,故以沖縄取替台湾,成為鳳梨主要産地,而在日本市場發展。1963 年,沖繩戰後初次接受台灣勞動者。
八重山郡島與沖繩本島北部,此兩地區成為鳳梨産地,而紛紛建造鳳梨罐頭工廠,隨著鳳梨産業發展,其就成了沖繩重要産業部門。因為生産鳳梨的罐頭必須大量勞動力,然而當地勞動力卻不足。台灣是個先進鳳梨産業的地方,因此沖繩鳳梨業者開始應招台灣「女工」。
每年到鳳梨最盛産的期間,能看到台灣「女工」赴沖繩,在鳳梨罐頭工廠工作的情形,其繼續將沖繩歸返日本的前年,即至1971 年為止。
在先人研究,可見針對甘蔗產業或站在國民政府立場的推拉因素的研究,或在沖繩文學上的台灣「女工」印象研究, 但尚未研究到以鳳梨工廠為焦點,台灣「女工」在沖繩的具體生活及勞動實際之狀況。
本論文,分析當時的公文獻資料與報紙資料等,並台灣「女工」的生活歷史,探討1960 年代台灣與沖繩之間的勞動力移動的過程及主要原因.
英文摘要 Following the United States military invaded Okinawa in 1945, Okinawa had been governed by US until 1972.
As a result of the defeat in World War II, Japan abandoned its sovereignty over Taiwan.
KMT’s ROC government which was defeated by Communist lost control of mainland China and,subsequently, withdrew into Taiwan and started its rule over the island. Taiwan, which was used to be a main supply base of pineapples for Japan, was replaced by Okinawa, to where Taiwanese workers for pineapple farming were started to introduce in 1963.
In Okinawa, pineapples were produced in Yaeyama and north of Okinawa main island, where canned pineapple factories were built one after another. As the industry grew to be the key industry of the area, the factories needed large numbers of workers. Since not enough labor was available to fill the necessity only in the area, Okinawa started to introduce female workers called ‘joko’ from Taiwan where pineapple industry was more developed than Okinawa. Many Taiwanese had worked in the factories during the cropping seasons every year until 1971, one year before when Okinawa was returned to Japan.
Previous studies include those which trying to explain the labor migration phenomenon by push-pull theory from sugar cane industry or Taiwanese government’s point of view, and analysis of the female workers depicted on the literary work. No study, however, has focused on the actual life and work of the female workers.
This thesis studies process and factors of the labor migration between Taiwan and Okinawa during 1960’s. The materials used here include official documents, articles and so forth then, and life history of female workers obtained by author’s interviews.
第三語言摘要 1945 年、米軍に占領された沖縄は、その信託統治下におかれることになった。沖縄の主権は日本が保持していたが、行政権は米国民政府にあった。米国民政府による統治は沖縄返還の1972 年まで続いた。
第二次世界大戦後、日本は台湾の統治権を放棄し、共産党政権との内戦で敗走する中華民国政府(国民党)は、中央政府の拠点を台湾に移し、統治を始めた。日本はパイン供給地であった台湾を失ったが、沖縄が台湾に代わって新たなパイン生産基地として発展した。
1963 年、戦後に於ける沖縄への台湾人労働者の受入れが開始された。
沖縄県内では、八重山と沖縄本島北部の2 地域が産地となり、パイン缶詰工場が次々と建造された。パインが基幹産業として成長していくのに伴い、工場では労働力の大幅増強が必要となったが、現地供給だけでは不十分であったことから、パインの先進地である台
湾から製造部門を担う「女工」の受入れを開始した。毎年パインの最盛期になると、工場で働く台湾人労働者の姿がみられ、それは沖縄返還の前年である1971 年までつづいた。
先行研究に於いては、サトウキビ産業や台湾政府側からみたプッシュ・プル要因、沖縄文学作品に描かれた台湾人「女工」のイメージについての研究は見られるが、パイン産業を焦点とした「女工」の具体的な生活及び労働実態は明らかにされていない。
本研究では、1960 年代に台湾と沖縄の間でみられた労働移動の過程と要因について、当時の公的資料や新聞記事など、および台湾人「女工」のライフ・ヒストリーをもとに考察を行う。
論文目次 第一章 序論
第一節 研究背景と動機.................................... 1
第二節 理論的アプローチについて.......................... 2
第三節 研究方法と範囲.................................... 4
第四節 先行研究.......................................... 5
一. 在八重山の台湾系華僑華人研究........................ 5
二. パインアップル産業と台湾人労働者についての研究...... 7
三. 八重山から台湾へ移住と出稼ぎ研究.................... 8
四. 双方向の移動研究.................................... 9
第五節 本論文の構成..................................... 11
第二章 八重山のパイン産業
第一節 八重山の概況..................................... 13
第二節 八重山産業の発展と移民........................... 13
第三節 八重山のパイン産業史:昭和期(1930 年~1945 年)... 17
第四節 戦後期(1949 年~1965 年)......................... 19
第三章 琉球列島米軍民政府統治下の沖縄における台湾人労働者
第一節 雇用制度と出入管理............................... 23
第二節 八重山のパイン工場における労働者の推移........... 27
第三節 台湾人労働者の募集と条件......................... 30
第四節 台湾のパイアップル産業と募集地域................. 34
第四章 八重山パイン産業をささえた台湾人「女工」
第一節 受入れ開始(1963 年~1965 年)..................... 41
第二節 受入れ本格化から停止まで(1966 年~1972 年)....... 46
第三節 八重山の労働力移動のプル要因..................... 53
一. 周縁化される離島................................... 53
二. 自然現象........................................... 60
三. 本土就職と人口流出................................. 63
四. 既婚女性と若年層の生活及び勤労観................... 72
第四節 小結............................................. 73
第五章 台湾人「女工」の労働力移動の過程-ケーススタディーから
第一節 出稼ぎ動機....................................... 76
一. 「雇用条件の良さ」という動機....................... 76
二. 「好奇心」という動機............................... 79
三. 「日本製品」を購入したいという動機................. 81
四. 「親の束縛からの脱出」という動機................... 84
第二節 パイン工場を中心とした人々の結びつき............. 87
一. 植民地台湾を記憶する人々............................87
二. 「日本語世代」の台湾人女性....................... ...89
三. 工場関係者からみた台湾人「女工」との繋がり.......... 90
四. 台湾人「女工」からみた地元の人たちとの繋がり........ 93
五. オールドカマーの台湾人からみた繋がり................ 96
第三節 台湾人「女工」の役割.............................. 99
第四節 「琉球」認識と労働移動........................... 105
第五節 小結............................................. 109
第六章 結論
第一節 まとめ........................................... 112
第二節 今後の課題と限界................................. 113
参考文献
(付録一)調査対象者プロフィール........................ 122
(付録二)関係模式図.................................... 126


表目録
表 1 八重山パイン工場一覧表........................................................................................17
表 2 国籍別、職業別「非琉球人」雇用許可状況(1971 年)......................................26
表 3 「非琉球人」季節工入域状況...............................................................................27
表 4 八重山のパイン工場季節労働者の推移(1961~1972).......................................28
表 5 パイン生産高の推移(1962~1972)...................................................................29
表 6 技術導入許可状況(八重山公共職業安定所)1968 年11 日~12 月31 日..31
表 7 本土就職の推移.........................................................................................................65
図目録
図 1 八重山諸島の人口変動指数の推移(1935~1980) .........................................15
図 2 八重山パイン缶詰工場分布図(1969 年) .........................................................16
図 3 非琉球人雇用許可証と非琉球人雇用不許可の通知書.....................................25
図 4 パイン工場季節労働者数と生産高の推移(1962~1972).............................30
図 5 台湾パイン工場の分布図........................................................................................40
図 6 「広告」『八重山新聞』1966 年10 月4 日付.....................................................63
図 7 本土就職状況の推移................................................................................................65
図 8 「本土紡績工場の求人募集広告」『八重山タイムス』1967 年12 月17 日付
..........................................................................................................................................71
図 9 「パイン果実より各種製品製造順序」............................................................ 100
參考文獻 【日本語】(五十音順)
一.史料文献
1. 月刊沖縄社(1983)『アメリカの沖縄統治関係法規総覧(Ⅰ)』,沖縄:池宮城商会
2. 月刊沖縄社(1983)『アメリカの沖縄統治関係法規総覧(Ⅲ)』,沖縄:池宮城商会
3. 月刊沖縄社(1983)『アメリカの沖縄統治関係法規総覧(Ⅱ)』,沖縄:池宮城商会
4. 臺灣総督府殖産局(1930)『臺灣の鳳梨産業』台北:臺灣総督府殖産局特産課
5. 八重山公共職業安定所(1968~1972)『業務概況』,八重山公共職業安定所蔵
6. 農林局農政部農政課 (1968)『1967/68 年期パインアップル関係資料』琉球政府
7. 琉球政府(1967)『職業紹介関係年報』
8. 琉球政府労働局(1970)『職業紹介関係年報』
9. 琉球政府(1968~1983)『八重山要覧』
10. 琉球政府法務局法制室(1965)「非琉球人の雇用に関する規則」『立法に関する書類』規則ひ-5,沖縄県公文書館蔵

二.書籍
1. 上田不二夫(1991)『タイムス選書Ⅱ7 沖縄の海人 糸満漁民の歴史と生活』,那覇:沖縄タイムス社
2. S.カールズ/M.J.ミラー,関根政美/関根薫訳(2006)『国際移民の時代』,名古屋:名古屋大学出版会
3. 入嵩西正治(1993)『八重山糖業史』那覇:ニライ社
4. 大久保孝治(2009)『社会調査のリテラシー6 ライフストーリー分析 -質的調査入門』,東京:学文社
5. 大阪商船三井船舶株式会社(1966)『大阪商船株式會社80 年史』
6. 沖縄県商工労働部(2001)『沖縄県労働史 第三巻』那覇:沖縄県
7. 沖縄県農林水産行政史編集委員会(1987)『沖縄県農林水産行政史第四巻(作物編)』東京:農林統計協会
8. 沖縄県農林水産行政史編集委員会(1991)『沖縄県農林水産行政史第一巻(総説)第二巻(農林水産行政編)』東京:農林統計協会
9. 沖縄県パインアップル缶詰工業組合(1975)『49 年50 年期パインアップルかん詰年報第三号』沖縄:沖縄県パインアップル缶詰工業組合
10. 沖縄職業安定行政のあゆみ編纂委員会(2007)『沖縄職業安定行政のあゆみ-戦前・琉球政府時代から本土復帰直後まで-』,沖縄:沖縄職業安定行政のあゆみ編纂委員会
11. 記念史編集委員会 (1992)『創立40 周年 開拓四十年史』西表:大富開拓団
12. 笠原政治・植野弘子(1995)『アジア読本 台湾』,東京:河出書房新社
13. 加藤久子(1990)『糸満アンマー~海人の妻たちの労働と生活』,沖縄:ひるぎ社
14. 嵩田公民館記念誌編集委員会(1996)『嵩田-50 年のあゆみ-』,石垣:嵩田公民館記念誌編集委員会
15. たいらこうじ(1990)『リーディングズ 労働市場論 沖縄を中心に』,沖縄:(財)沖縄労働経済研究所
16. 竹富町役場町史編集室(1993)『竹富町史・別巻3 写真集ぱいぬしまじま-写真にみ
る竹富町のあゆみ-』,沖縄:竹富町町史編集室
17. 戸谷修(1999)『アジア諸地域の社会変動-沖縄と東南アジア-』,東京:御茶の水書房
18. 堂前亮平(1997)『沖縄の都市空間』,東京:古今書院
19. 中野育男(2009)『米軍統治下沖縄の職業と法』,東京:専修大学出版局
20. 中野好夫・新崎盛輝(2005)『沖縄戦後史』,東京:岩波書店
21. 二十五周年記念史編集委員会(1977)『開拓二十五周年記念 大富開拓記念史』,西表:大富公民館
22. 日本パインアップル缶詰協会(1995)『沖縄パインアップル缶詰産業40 年史』,沖縄:(社)日本パインアップル缶詰協会
23. 外間守善(1997)『沖縄の歴史と文化』,東京:中央公論社
24. 又吉盛清(1990)『植民地下の台湾と沖縄』,沖縄:沖縄あき書房
25. 松田良孝(2004)『八重山の台湾人』,石垣:南山舎
26. 松田良孝(2010)『台湾疎開「琉球難民」の1 年11 ヵ月』,石垣:南山舎
27. 三木健(2010)『「八重山合衆国」の系譜』,石垣:南山舎
28. 目取真俊(2003)「魚群記」『平和通りと名付けられた街を歩いて』, pp.7-31,東京:影書房
29. 林発(1984)『沖縄パイン産業史』,沖縄:沖縄パイン産業史刊行会
30. 労働省(1993)『最新労働用語辞典』,東京:日刊労働通信社31. 渡辺博史/台湾女性史入門編纂委員会(2008)『台湾女性史入門』,東京:人文書院
32. 渡辺利夫(2002)『東アジア長期経済統計 別巻2 台湾』,東京:勁草書房
33. 渡辺利夫/朝元照雄(2007)『台湾経済入門』,東京:勁草書房

三.定期刊行物
1. 石川清(1997)「海を渡る「担ぎ屋」たち 石垣島・華僑女性の知られざる戦後」『週刊金曜日』第172 号5.30,34-37頁
2. 浦崎成子(1994)「日本植民地下台湾における女子労働-台湾出稼ぎ女中をめぐって-」『沖縄・八重山研究会会報』37,2頁
3. 浦崎成子「植民地下台湾の女子労働」,『琉球新報』2000 年8 月2 日付
4. 金城朝夫(1977)「記録なきフロンティアたち 八重山にいきる台湾入植者」『野生時代』, 216-220頁
5. 那谷敏郎1969 年8 月24 日号「石垣島の台湾人労働者」『アサヒジャーナル』,81-87頁

四.論文
1. 合津美穂(2002)「漢族系台湾人高年層の日本語使用-言語生活史調査を通じて-」
『信州大学留学生センター紀要第3 号』,25-44頁
2. 新井祥穂・永田淳嗣(2006)「沖縄・石垣島におけるパインアップル生産の危機と再生」『東京大学人文地理学研究』17, 35-49頁
3. 上田不二夫『タイムス選書Ⅱ 沖縄の海人 糸満漁民の歴史と生活』,沖縄:沖縄タイムス社
4. 小熊誠(1989)「石垣島における台湾系移民の定着過程と民族的帰属意識の変化」『第二回琉中歴史関係国際学術会議報告 琉中歴史関係論文集』,549-598頁
5. 浦崎成子(1994)「日本植民地下台湾における女子労働-台湾出稼ぎ女中をめぐって-」『沖縄・八重山文化研究会会報』第37 号, 146頁
6. 浦崎成子(2000)「「女中」職求め出稼ぎ あこがれ胸に八重山から」『琉球新報』
7. 加藤久子(1990)『糸満アンマー~海人の妻たちの労働と生活』沖縄:ひるぎ社
8. 金戸幸子(2007)「1930 年前後の八重山女性の植民地台湾への移動を促したプル要因-台湾における植民地的近代と女性の職業の拡大をめぐって-」『移民研究』,第三号
9. 金戸幸子(2010)「1945 年以降の八重山と台湾」『現代台湾研究』第37 号, 108-112頁,大阪:台湾史研究会
10. 上水流久彦(2011)「対馬海峡から見る台湾と八重山の「交流」」『白山人類学』14号,31-102頁
11. 岸政彦(2004)「戦後沖縄の労働力流出と経済的要因-「過剰移動」論へのアプローチ-」『都市文化研究』3 号, 118-136頁
12. 国吉和子(1983)「沖縄における飲酒の実態とアルコール関連問題-復帰後の統計の分析を中心に-」『沖縄大学紀要』第3 号,99-114頁
13. 国吉和子・名城嗣明・中村完・島袋恒男(1985)「飲酒行動に関する心理学的研究Ⅱ-職業別分析を通じて-」『沖縄大学紀要』第4 号,51-89頁
14. 近藤尚武(2007)「国際労働移民にかんする一考察~近年の国際労働移民の概観と受入国への経済的影響について~」『環境と経営』第13 巻第一号,47-55頁
15. 朱恵足(2001)「目取真俊「魚群記」における皮膚」『現代思想』 10 月号
16. 野入直美(2000)「石垣島の台湾人-生活史にみる民族関係の変容(一)-」『琉球大学法学部人間科学学科紀要』第五号, 141-170頁
17. 野入直美(2001)「石垣島の台湾人-生活史にみる民族関係の変容(二)-」『琉球大学法学部人間科学学科紀要』第八号, 103-125頁
18. 野入直美(2008)「生活史から見る沖縄・台湾間の双方向的移動」『日本帝国をめぐる人口移動の国際社会学』, 559-592頁,東京:不二出版
19. 原知章(2003)「八重山諸島からみた日本/沖縄「境界の島々」の歴史(四)」『人権21』:調査と研究』
20. 平岡昭利(1992)「サトウキビ農業における外国人労働者の導入と実態「工業的農業」の一断面」『熱い心の島-サンゴ礁の風土誌』,125-136頁,東京:古今書院
21. 松田ヒロ子(2008)「沖縄県八重山地方から植民地下台湾への人の移動」『日本帝国をめぐる人口移動の国際社会学』, 529-558頁,東京:不二出版
22. 松田ヒロ子(2011)「植民地台湾における沖縄系移民のエスニシティ-「沖縄人」をめぐる葛藤と実践」『白山人類学』14 号,7-30頁
23. 水田憲志(2003)「日本植民地下の台北における沖縄出身「女中」」『史泉(関西大学史学・地理学会)』98 号, 36-55頁
24. 水田憲志(2008)「1930 年代の石垣島における台湾人農業移民の入植過程」『黒潮ルートのイモ栽培文化-琉球孤の島々と台湾-』(平成十七年度-平成十九年度科学研究費補助金(基盤研究(C)(課題番号17520549 研究代表者 橋本征治)研究成果報告書), 109-124頁
25. 水田憲志(2010)「八重山と台湾を行き交う人々」『地理』55-2, 66-75頁
26. 八尾祥平(2010)「戦後における台湾から「琉球」への技術者・労働者派遣事業について」『日本台湾学会報』第12 号, 239-253頁
27. 李衣雲(2005)「実像と虚像の衝突-戦後台湾における日本イメージの再上昇の意味、1945‐1949-」『東京大学大学院情報学環紀要』(69),137-157頁

【中国語】(画数順)
一.史料文献(中文)
1. 林発「琉球鳳梨事業及聘請工員報告書」民国56(1967)、外交部檔案、中琉貿易、分類番号091.17,案次号001、台北:中央研究院近代史研究檔案館蔵
2. 琉球輸出パインアップル缶詰組合理事長「雇傭契約書」(1967) ,外交部檔案,中琉貿易,分類號091.17,案次號0001,台北,中央研究院近代史研究檔案館蔵
3. 「報告」(1966)8 月16 日, 外交部檔案,中琉貿易,分類號091.17,案次號0001,台北,中央研究院近代史研究檔案館蔵
4. 「報告」(1967)5 月23 日外交部檔案,中琉貿易,分類號091.17,案次號0001,台北,中央研究院近代史研究檔案館蔵
5. 「聘雇契約書」(1970),外交部檔案,中琉貿易,分類號091.17,案次號0002,台北,中央研究院近代史研究檔案館蔵

二.中文書籍
1. 林美瑢(1995)《 基層婦女-女工百態,健康問題,外籍勞工,抗爭經驗》,台北:台灣基層婦女勞工中心
2. 邱賜程(1998)《臺灣對外貿易》,台中:捷太出版社
3. 員林鎮志編輯委員會(1990)《員林鎮志 全一册》,彰化:員林鎮公所4. 臺灣農林股份有限公司(不明)《鳳梨文獻摘要第一集》,(不明):臺灣農林股份有限公司
5. 黃富三(1977)《女工與台灣工業化》,台北:牧童出版社
6. 曾文昌(1999)《入出國及移民法釋論》,台北:中央警察大學120
7. 蔡繼光(2002)《國際遷徙與移民》, 台北:書林出版有限公司
8. 邱琡雯<台灣女工在沖縄的足跡>《中國時報》,2010 年2 月8 日

三.中文論文
1. 朱恵足(2007)<作為交界場域的「現代性」:往返於沖繩八重山郡島與殖民地台灣之間>《文化研究》第五期,49-86 頁
2. 陳怡文(2003)《亞太政治經濟結構下的臺灣日鳳罐貿易(1950-1972)》國立臺灣師範大學歴史系碩士論文
3. 簡瑞宏(1989)<從石垣島華僑社會看中琉文化交流>《第二回琉中歴史関係国際学術会議報告 琉中歴史関係論文集》,547-565頁

新聞資料
(日文)
『沖縄タイムス』
『八重山新聞』
『八重山タイムス』
『八重山毎日新聞』
『琉球新報』
(中文)
《中央日報》
《經濟日報》
《聯合報》

インターネット資料
1. 内政部 入出境及移民署全球資網, [閲覧日:2010 年6 月10 日]
http://www.immigration.gov.tw/aspcode/menu11.asp,
2. 「職業安定法昭和22 年11 月30 日法律第141 号」『厚生労働省ホームページ』,[閲覧日:2011 年4 月19 日]
http://wwwhourei.mhlw.go.jp/cgi-bin/t_docframe.cgi?MODE=hourei&DMODE=CONTENTS&SMODE=NORMAL&KEYWORD=&EFSNO=1196〉
3. 「石垣島の基本情報」『社団法人石垣市観光協会』,[閲覧日:2011-05-30]
http://www.yaeyama.or.jp/gaiyou.html
4. 「与那国島ガイド」『与那国町ホームページ』[閲覧日:2011-05-30]
http://www.town.yonaguni.okinawa.jp/yonaguni-info/ja/index.html
論文使用權限
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